2003年3月3日、冗談のようなこの日、早期退職をした。その後タイへ「なんちゃって移住」、ホームページを作っていたが、かったるくなりブログへ移行。
2015年9月、タイ最後の地チェンマイに引っ越す、しかしチェンマイは田舎者にはあまりの都会で戸惑い中、やっぱり田舎の方がいいや。
2016年3月、12年数カ月住んだタイ国を離れ帰国、おとなしく日本に定住出来るのか(笑)
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2014年3月5日水曜日

ロイエット ⇔ サトゥン 国際凧揚げ大会@サトゥン

2014年2月24日~3月 走行距離 3,205Km ガソリン 58.68L
3月
5日 今日も明るくなると同時に出発、何事もなくマハサラカムに到着、知人と昼食、3時無事ロイエットの我が家に到着、ロイエット・サトゥン往復の旅無事終了。
4日 6時チュンポン出発、何事もなく本日も終了かと思われたのだけれど、サラブリの手前70Kmでパンク、周辺に修理屋はなく延々と7Kmもバイクを押して歩く、暗くなる前にようやくサラブリに到着、疲れた。
3日 朝明るくなり始めには出発、来た時同様ひたすら走る、昼飯後やたら眠いので道路脇の東屋で昼寝、4時無事チュンポン着。
2日 昨日同様暑い、本日で大会終了、イサーン目指して走ります。
1日 各国の凧揚げ名人達は昨日夕方の到着だったので本格的な凧揚げは本日から。
2月
28日 10時前会場に行ってみる、なんとなく催し物会場らしくなってはいたがまだまだ、開会式は夕方か?昨日と同様風は強い。
3時過ぎホテルに日本チーム到着、ワンプラチャン国境を超えて来たとの事、まあアロースターからならダンノックより近いが中々マニアックな国境を超えて来たもんだ、多分タイ・マレーシア人以外の外国人でここの国境を超える人は少ないはず、交通手段がないからね、夕方から開会式、10時過ぎホテルに帰る。
27日 今日は目的地のサトゥンまで、150Km程なのでゆっくり、午前中には到着、途中凧揚げ会場に寄る、テントの設営も終わっていない、屋台なども出るはずだが全く見えない、皆さんが泊まるホテルに行ってみる、インドから参加の2人が今日のチェックインで後は明日のチェックインとの事、いつものホテルにチェックインして昼飯。
夕方になって凧揚げ会場に行く、かなり風が強い、どうかなとは思ったんだけどレジ袋立体凧を揚げる、かなり揚ったのはいいが骨が折れて墜落、帰り際にタイ人のメンバーに合う、日本チームは明日昼頃 マレーシアから来るとの事。
26日 今日はトランまで、400Km弱、昨日と同様ひたすら走るだけ、何のトラブルもなく13時トランに到着。
25日 朝まだ薄暗い中サラブリを出る、途中寄る所もないのでひたすら走るだけ、3時半チュンポン到着。
24日 朝(6時半)ロイエットを出てサラブリ(14時着)に来ている、28日からサトゥンで開かれる「国際凧揚げ大会」へ行く、今回は色々あってどうしようかと迷ったのだけれど行く事にした、済ませなければならない事もあったし、という事で往復3000キロ、かったるいけどバイクでGO!

2014年3月1日土曜日

2013年3月2日土曜日

2012年2月25日土曜日

International Kite Festival@Satun

2012年2月24日

朝8時に参加受付とスケジュールにあるのでちょっと前に着くようにホテルを出た、現地に着いたんだがそんな雰囲気はない、屋台の準備などしている人達ばかり、その準備などしている兄ちゃんに訊いたら知らないと言う、大会は明日からじゃないの?なんて言ってる、どうなっているんだかわからないのでホテルに帰って受付のお姉さんにスケジュール表を見せた、間違ってはいない、どこに行って尋ねればいいのかわからないので9時、そして10時にも現地に行って見たけど同様、もう午前中は諦めてお寺など見に行く、写真など撮っているとお寺に併設された学校の校庭で生徒に何か説明をしているのが聞こえる、時々「サナーム・ビン(飛行場)」と言っている、写真撮りながら聞いていたら「凧は丁重に扱えとか踏んだりするな」とか言ってる、それで「サナーム・ビン(飛行場)」が凧揚げ会場だったのに気付いた、14時半に飛行場に送って行って、それぞれの役割分担の話などしているので、この子達は大会のお手伝いに行かされるらしい、タイの事だから明日、明後日の話などではなく今日の話だろうから午後は何かあるのだろう。

スケジュール表には13時から何かあるのでそれまでホテルで寝ころがっていた、午後行ってみると凧が揚っている、滑走路に沿ってテントが張られていてそこに各国からの参加者達がいる、開催国のタイが最初にあってその後ABC順のようだ、そこで日本からの参加者の皆さんにお会いする事が出来ました。
今日と明日の予定を尋ねたんだけど、詳しい事はわからないようだ、スケジュール表もないようだし、ま、あってもその通り絶対、間違いなく進まないんで無駄なんだけど、各国チームに配属されているお手伝いの学生に訊いてもあやふやな返事なんで、タイなんだよね。
とりあえず、大会は開催されるようなのでホッとしました(笑)

25日
朝9時過ぎホテルを出てトロトロと会場へ向かう、10時からと言う事でまだ来ている人は少ない、本部とか舞台などある所の一角にスラタニからやって来たという人達がいてタイの伝統凧を作っている、裏に弓のような物を取り付けて音が出るようになっている、その人達に根掘り葉掘りその凧について質問などしている人がいて、仕舞いにはメジャーなど持ち出して寸法などをとっていた、どの世界にもそんな人がいるんですね。

風がなければ凧は揚らないので皆さんテントの下で話をしていたり、国際交流をしていたりする、風が吹けば凧を揚げる、スケジュールがあるんだか、ないんだか、そうこうしていて昼になると部外者の私にまで弁当が回ってくる、見ず知らずな他人の結婚式でも葬式でも、食ってけ、飲んでけのタイなんで想定内なんだが、ご馳走様です。

3時頃、日本チームによる「凧作り教室」が開かれる、子供達の緊張した顔、あんなに緊張した顔始めて見たように思う、わけのわからん(失礼)人達の前に座って、わけのわからない言葉を聞くんじゃ無理ないね、周りの大人がああでもないこうでもないと煩い、子供より大人の方がやりたがっているようだ。




26日
   
本日も昨日と同様、何となくスケジュールが消化されて行っているようなのだが、何の案内もないのでよくわからない、何となく始まって何となく終わりになるらしい、最後に各国参加者にアンケートってお手伝いの学生に用紙が配られたんだけど、タイ語、その回答欄を学生が記入するんだけど、学生達、日本語はおろか英語もままならない、私の所に来たので怪しげなタイ語で回答しといた、多分他国の物は学生が創作しちゃうんだと思うのでアンケートにはならない、大体部外者の私が言うのもなんだけど、アンケートを採る以前の問題が一杯あると思う、まあタイの事だから来年も同じだな、と、言う事で通常通り大量のごみを残して無事終了。
アルバム

2011年7月29日金曜日

2011年7月28日木曜日

サトゥン博物館

 
以前Kuden Mansionと呼ばれていた所で、今はサトゥン博物館となったみたいだ。
もともとはここの偉いさんの邸宅で、築109年、家具等は新しいものだそうだが、建物は当時のまま、第二次大戦の時には旧日本軍の司令部として使われていた。

2009年4月5日日曜日

ワンプラチャン国境

サトゥン
2011年11月に「100cc de マレーシア」でマレー側からこの国境を越えた、マレー側にはお店も何もなかった、自前の交通手段を持たないとこの国境は越えられそうにない。

Khantipon Cave

サトゥン